都心からわずか二時間。相模平野の向こうに、端正なピラミッド型のシルエットが立ち上がってくる。標高1252メートル、丹沢大山。その揺るぎない山容を目にするたび、人はかつてそこが「ランドマーク」という言葉以上の存在であったことを思い知らされる。

縄文の昔から、この山は「雨降山(あふりやま)」と呼ばれてきた。相模湾から吹き上げる湿った風をその大きな胸で受け止め、雨を降らせ、大地を潤す。江戸の昔には、ひと夏で二十万人もの人々が、それぞれの祈りを胸にこの頂を目指したという。2016年に「日本遺産」へと認定された歴史の重みは、今も参道の宿坊街や、木地師たちが守り続ける「大山こま」の色彩の中に、静かに息づいている。大山を歩くとき、人は二つの選択肢を突きつけられる。 ひとつは、文明の利器を借りて一気に中腹へと駆け上がること。もうひとつは、麓から一歩ずつ、かつての巡礼者たちが刻んだ土の感触を確かめながら登ること。 だが、どちらの道を選んだとしても、旅の始まり、あるいは句読点として、私たちはひとつの場所に辿り着くことになる。石段の麓に佇むお休み処、MUKUパートナーの「さくらや」だ。

ケーブルカーを使わずに歩き出す者にとって、旅はより肉体的なものとなる。 鬱蒼とした杉林の中を、自らの呼吸と対話しながら登る時間は、都会で失いかけた身体感覚を取り戻す作業に近い。標高を稼ぐごとに重くなる足取り。だが、視界が不意に開け、阿夫利神社下社の石段が見えたとき、そこには何物にも代えがたい「到達」の悦びがある。

その石段のすぐ下で、暖簾を揺らしているのが「さくらや」だ。 本格的な登頂を前に、名物の「ルーメソ(ラーメン)」で腹を満たすのもいい。あるいは、何十年と守り抜かれた出汁が染みたおでんを突き、気を引き締めるのもいい。ここは、麓から繋いできた汗を拭い、これから始まる本番へと心を切り替える、静かな「聖域」なのだ。

一方で、ケーブルカーで中腹までショートカットした者にとっても、この「さくらや」は旅の心強い起点となる。駅を降り、下社で手を合わせた後、境内左奥の「登拝門」をくぐれば、そこからが本当の山との対峙だ。

急峻な岩場、夫婦杉や天狗の鼻突き岩といった奇岩たち。丁目刻みの石柱を道標に、二十丁目の富士見台へ。そこで不意に現れる富士の白き山容は、圧倒的な静寂を纏って旅人を迎えてくれる。二十五丁目の分岐を越え、二つの鳥居をくぐれば、ようやく阿夫利神社本社が鎮座する頂の一角だ。

本社裏手からは、関東平野がどこまでも広がり、相模湾には江の島が小さな点のように浮いている。丹沢の連嶺を従えた富士山を網膜に焼き付けたなら、下山は東へ、見晴台を目指す。 木道を淡々と降り、広大な展望に身を任せて一息つく。そこから山腹を横切るようにトラバースし、二重滝の調べを聞きながら進めば、再び下社の賑わいが見えてくる。

周回を終え、再び「さくらや」の前に戻ってきたとき、旅はひとつの円を描き終える。 使い慣れた「MUKU」のストックを傍らに置き、店主の温かなもてなしに触れながら、焼きたての団子を頬張る。毎日、人の背によって運ばれてくるという食材のありがたみが、疲弊した身体にじわりと染み渡る。

文明を借りるか、肉体で挑むか。 そのどちらの旅路であっても、さくらやの暖簾をくぐるとき、私たちはようやく山と和解し、日常へと戻る準備ができるのだ。

パートナー紹介:売店・茶屋処 さくらや

私はその奇妙な「旗印」に出会った。 風に翻る暖簾には、あろうことか「ルーメソ」とある。 店主が「ラーメン」ののぼり旗をうっかり裏返しに掛けてしまったという。だが、その失策をあえて正さず、数十年もの間、店の貌(かお)として掲げ続ける。その泰然自若としたユーモアに、私はまず、やられた。ここには、守り抜くという言葉の重みがある。 名物のおでん。その鍋の底には、何十年という歳月が沈殿している。出汁の命を絶やさぬよう、年中無休で火を入れ続け、継ぎ足し続けられた琥珀色の液体。具材の芯まで染み込んだその旨味は、一味をひらりと振ることで、いっそう鮮烈に、そして深く喉を鳴らす。 店先で焼かれる団子もまた、いい。自家製味噌だれの甘辛い調べが、疲労を抱えた肉体にじわりと溶けていく。聞けば、店で供されるあらゆる食材は、毎日、担いで運ばれてくるのだという。 標高の壁を、重力に抗いながら、一歩一歩と踏みしめて。 その「担ぐ」という無骨なまでの身体的労働こそが、この店の味に、ただの食堂にはない「徳」のようなものを与えているのではないか。登山という、自らの足で大地を測る営み。 その傍らにある「MUKU」のストックを脇に置き、ここで眺望を肴に一息つく。 ルーメソを啜り、おでんを突き、山を食らう。 昭和の静寂が漂うこの店先で、私は、ようやく山と和解したような心地になるのだ。つい足を止めたくなるのではない。ここは、足が止まってしまう場所なのだ。